とある一夜を

実際の出来事とは、一切関係ありません。

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ぜったい楽しんでる。コモリさんが浮かべている笑顔は、とても悪い笑顔だ。

「だたのシャレにきまってるじゃないですか」

僕と先輩の前に置かれたのは、蝋燭が立てられたケーキだった。「Happy BirthDay こんこん」と書かれたお菓子のプレートが、ちょこんと乗っている。
たしかに今日は僕の誕生日だった。祝ってくれるのは嬉しい。でも、もう一枚のプレートに書かれている「Happy Wedding for でるた」ってなんだ?
コモリさんがケーキを持ってきたときは、周囲の人と一緒になってニヤニヤしていた先輩が、いまではぽかんとなっていた。

「先輩?」
「こんなの聞いてない……」
「ささ、どうぞ。蝋燭の火を消してください。ふたりで」
「「なっ……!」」

絶対にシャレじゃない。
あの顔は、あの鼻息の荒さは、どう考えても本気だ。
逃げようと腰を浮かせた瞬間、後ろから押さえ込まれ、周囲には人垣ができていた。逃げられない。なんで僕は、こんな奥の席に、先輩の隣の席に座っちゃったんだろう。

「諦めろ」「コモリさんが逃げ道を残すと思うか?」「長引けば、辛い思いも長引くぞ」

諦めきった先輩の言葉を虚ろな気持ちで聴きながら、ふたりで蝋燭の火を消して、ケーキ入刀をして(カメラをお持ちの方は、前のほうへどうぞー)、ウエディングボードを持って記念撮影されて……

正気を取り戻したのは、切り分けられたケーキの皿が、目の前に置かれたときだった。一瞬、夢だったんじゃないかと思ったけれど、目の前の大皿には、二つのプレートがちょこんと並んでいた。現実なんて、ばくはつしてしまえばいい!

きっと先輩も同じことを思って……いなかった。嬉しそうにコモリさんからケーキを受け取っていた。なんだあの余裕は。僕だけが恥ずかしく思ってるなんて悔しい。
うらめしそうにじっと眺めていたら、コモリさんが、半分の優しさを使い果たした後の提案をしてきた。

「次はもちろんファーストバイトだよね?」
だまれ。
「なにそれ?」
聞かないでください、先輩!
「ケーキカットしたウエディングケーキの一切れを、新郎新婦が互いに食べさせあうんだよ」

まず、新郎新婦という考え方がおかしいことに、誰か気づけ!

さすがにそれはなあと苦笑する先輩のひと言に胸をなでおろす。さすがにこれ以上は心臓に悪い。美味しそうにケーキを頬張る先輩と裏腹に、今の騒ぎだけで胃がもたれてる気がする僕は、なかなかケーキが食べられなかった。

ようやく食べ終わったころ、始めにケーキの上に載っていた二枚のプレートだけが大皿に残ってしまっていた。

「これ、食べていいの?」

なぜ嬉しそうかな先輩。しかも、なぜ、僕の名前が書いてあるほうを手に取るかな!
止める間もなく口に入れた先輩は、残ったもう一枚を手に取った。

「はい」

たぶん意識しているのは僕だけだ。そう、誰も気にしていない。気にするようなことじゃない。

先輩の名前が書かれたお菓子のプレートは、ケーキよりも甘かった。