魔王

自分の力に気づいたのはちょっとした偶然だった。
相手の姿が見える状態で意識を集中させると、念じた言葉を相手の口から発することができる。
相手はそのことに気づかない。
むろん、こんな力を乱用するつもりは無い。そう思っていた、あの男が出てくるまでは。


兄貴は考えすぎなんだって
弟は言う。
得てして人は、自分の得た物を、自分だけが得た物と思い込むというわけですよ
マスターは言う。
私を信じるな!
犬養は言う。
君がやろうとしているのは、ただの自己満足な、邪魔じゃないか
誰の言葉だろう。

そして少しずつ変わっていく周囲。誰も気づかない。扇動されていることに。
無意識の動作が波を作り、そして生み出されるのは激流。
これはあれだ。シューベルトの歌曲「魔王」だ。
俺だけが、魔王の存在に気づいている。周囲は誰も気づかない……。


いやあ、面白い。
いつものような軽快さはなりを潜め、代わりに物語全体を包むのは不安という感情。
何がいけないのか。何が不安なのか。
読み進めるに連れて、膨らむ不安の正体。
どちらが正しいのか。誰が正しいのか。判断は委ねられる。
「これで終わっちゃうの?」「続きは?」と言いたくなること必至!


孤独な戦いを続ける兄弟により、日本について、未来について、国について、政治について、
大いに考えさせられた圧倒的エンタテインメント!


魔王 - 伊坂幸太郎