本多孝好
「今、すぐ、どうしても死ななければならない事情でも?」 「ないです」と私はぶっきらぼうに言った。「ただの独り言です。意味なんてないです」 「そうですか」とその人は言った。 「でも、本当に死ぬ気なら、一年待ちませんか?」 「本当に死ぬ気なら1年待…
「ただの宣戦布告にきただけですから」 「宣戦布告」 しばらく考えてみたのだが、彼女と喧嘩する理由が思い浮かべられなかった。 「開戦理由を聞いても?」 「結城くんです。もちろん」 「だったら、戦うべき相手は私じゃなくて結城では?」 「それ、本気で…
その医師は腕も名誉も信頼も持ち合わせていた。 そんな彼が患者の人口呼吸器を止めた。 センセーショナルな事実の前に完全に沈黙を守る医師。 そんな彼から呼び出された僕。 「ある女性を守って欲しいのです」 かつて大学で授業を受けたことはある。だが、そ…
死ぬつもりで飛び込んだ海。だが生還してしまった。なまじ泳げるのも困ったものだ。 「何で死ななあかんかったんや」 助けてくれた少年。なんとなく見覚えがあるからか。それとも感傷的になっていたからか。 気がつくと、口を開いていた。 「人をな、死なせ…
「死を間近にした患者の願い事をかなえてくれる人がこの病院にいるっていうのさ」 その老人は言う。 「その仕事人は病院の掃除夫に身をやつしているんだってさ」 掃除夫のバイトをしている僕に向かって、老人は続ける。 かつて一度だけ患者の最後の願いを聞…
数少ないハードカバー作家。久しぶりの新作。一卵性双生児の場合を除いて、この世界に自分とまったく同じ遺伝子を持った人間が生まれる確率ってどれくらいか知ってますか? どう少なめに見積もっても十の二百四十乗分の一。人類がクロマニヨン人辺りから今ま…