水の時計

「ここから先に進むと逮捕されますよ」まるで物語の執事のような姿をしたその男はいった。
逮捕されるぐらいのことをした覚えはある。傷害、無免許運転、器物破損などなど。
警察から逃れるための手段と引き換えになった買われたもの。
それは、ただ走るだけの集団、ルート・ゼロの幹部としての腕だった。
閉鎖された病院。体中のいたるところに差し込まれたチューブ。
それでもその少女、葉月は生きていた。体だけは。
「お嬢様の脳は死んでおります」
医学的にも法的にも死んでいる少女。
だが、同時に死んでいない少女。
その少女の望みは、自分の臓器を必要としている人に提供することだった……。


ひとつひとつの物語が、真剣で、残酷で、生きるという意志がありありと伝わる。
これほどまでに残酷な物語が、これほどまでに澄んでいるのはなぜだろう。
生きるということ、死ぬということ。
紡がれる物語の重さは、それを運ぶものにとってどれほどのものか。
結末の収まり具合が何ともいえないほどうまい。
ただ、それが驚きに展開されないため、何となくこじんまりとしてしまったのがもったいない。
今後に期待したい作家のひとりです。
第22回横溝正史ミステリ大賞受賞作。


水の時計 - 初野晴