壁井ユカコ
「君はクロックバードで、起こってしまったことをどうにでも変えられる可能性がある力を手に入れる。それゆえに君はその力を自分の感情にまかせて安易に行使してはならないよ。たとえ身近な誰かが不幸になることを知っていて、それを助けてやれる充分な力を…
薄々勘づいてると思うけど、バーニー、お前は今、肉体と精神の時間が一致してない状況に陥ってる。お前の精神は今日をばらばらに通過している。おまえがこのメモを初めて見るのは午後三時のはずだ。俺がこれを書いている今は<総論>の授業中だ。俺は現時点…
「こんなどうしようもねえ親がわりのもとでよ、いい女に育ったもんだ……お前はよ、俺の誇りだ。いいか……媚びるな。己の信念を曲げるな。これからもそうやって、お前らしく生きていけ」 面白かった。口が悪いけど情の厚い道士と彼に拾われた少女ユギ、道士の弟…
「それだけじゃない。理由は」 春野は二の句に詰まって冬上の白い絆創膏で覆われた横顔を見る。 「あの人に後ろめたさがある。春野もわたしも。あの人は汚いものをまだあまり知らないから、とても綺麗でまっすぐ。だから一緒にいると眩しくて、楽しくて、苦…
しかしどんなに譲歩したところで、自分、三村朔太郎が別人になって、しかもそれが女の子で、女子寮で女の子とルームメイトになっているという状況にはまったく説明がつかない。 どうやったらもとの姿に戻れるんだ?どうやったら家に帰れるんだ? すっごい面…
「な、何……?」 「ん。やっぱり」 何やら満足げに頷かれた。 「なんか俺、前から描いてみたい気がしてあんだ。お前やっぱりいいな」 ……なんだその無防備発言!普通に嬉しそうにお前いいなとか言うな!そっちが欲情しなくてもこっちが襲うぞ逆に!女子高生ナ…
「何?聞こえなかった」 騒音が去ってから目をしばたたかせてキズナが訊き返すと、浅井は面倒くさそうに舌打ちをして、もう一度言った。 「なんでお前、俺なんだ。由起じゃなくて」 ああ、少しずつ人が……。暖かさの中に終わり間近の寂しさを感じます。 → 感想
「大丈夫よ、華乃子ちゃん。華乃子ちゃんがお父さんのことでヤキモチを妬くのは、山田さんがそれだけ素敵なお父さんだっていう証拠だもの。醜いことなんかじゃないわ。んなのこはみんな一度はパパに恋するものだわ。そのうち自然とパパを卒業するときが来る…
「山田?」 「どうしよう……パパが本当に猫になって野生に帰って、華乃子のこと忘れちゃった……」 ぱたぱたと涙が落ちた。 「わかってたの、いつかこんな日が来るんじゃないかって、思ってたの……。パパが猫の本能に帰って、華乃子を置いてどこかに行っちゃうん…
「ただ願わくは、映画を好きでいてください。たまには押し入れからカメラをだしてメンテナンスしてあげてください。そしていつかあなたの子どもや孫ができる頃になったら子どもたちに話してあげてください。あなたが今の歳の頃の時代のことを。どんなふうに…
キズナちゃんをこれで指すのよ― 彼女の声が頭の中で拡大されて繰り返される。 思いつきもしなかった.当たり前だけど。そんなとんでもないこと。 そんなとんでもない ― すてきな思いつき。 協力で確実な思いつき。キズナ先輩が珠子の存在に気づいてくれる方法…
「いや、そんな感じ。それがいい」 思いがけず素直に認められ、言い返す気でいたキズナは次の台詞を失った。 (これでいいのか……) それでいい、ではなくて。 それがいい、と言われたことを、なんとなく誇らしく思った。 傷ついたものたちが集まる鳥籠荘の住…
「好きっていうのはそんなカンタンな感情ではないのだよ?」 自分でもよくわからない講釈を垂れはじめる。 「好きっていうのはだね、もっとこう、どろどろぐちゃぐちゃして、ほら、お昼のメロドラマみたいな、不倫して離婚して再婚して元夫と不倫して姑に人…
灰白色の部屋。それが少女の世界のすべてだった。 何の情報も与えられなかったが、自分は何のために生まれてきたのかはわかっていた。 だから、逃げる機会なんてないはずだった。しかしその機会は生まれた。 それは内緒で飼っていた猫が命を落としたときだっ…