五代ゆう
「そのうちの一人が、逃亡する際に妙なことを口走っていたそうだ」 ゲイルは先を続けた。 「『喰わないでくれ』、と」 掟に従い、機械的に戦ってきた者たちが、アートマと呼ばれる印を受けて、大いなる力を得た代償として、異形への変貌と他者を喰らいたいと…
「ここから先は、本当に―お前、独りになる」 「違うよ、ジンジャー」 はっきりと、遼太郎は言った。 「僕がここまでやって来られたのは、みんなのおかげだ」 <女主人>が必死になって英国の崩壊を抑え込み、<母たち>の絶望的な孤独を切り抜けて、神になろ…
「僕は、僕はただ……僕のできることを、したいようにしていただけだよ。そうだ」 手の中の、結晶が熱い。遼太郎はぎゅっと指に力をこめた。 「つまり、ここでも―僕のできることを、したいように、いっしょうけんめいにやればいい。そういうことなのかい?」 …
「クリスティーナ。そうだ、おまえはクリスティーナだ。だが、長く受け継がれた血の末裔としての<クリスティーナ>ではない。ひとりの、たった一人の女としてのクリスティーナだ、自分でもわかっているはずだ、なぜそんなわかったような口をきく?そんな炎…
「これからはもう少し、ヘロディアにも頼ることにするとするか。しかし老シレノスも言ってたが、今のヘロディアの姿も十分にかわいらしいと、俺は思うが」 「な、何を言う、このような時に!」 ヘロディアはあわてたように頭の上の手を払いのけ、ぱっと後ろ…
「だからわたしたち、これまで通り、みんなで、今までどおりに、ただ暮らしていくことに決めたんですわ」 「いつまで続くかわかりませんけど、ただ普通に。この『普通』が、ずっと続くように。本家のことで注意しなければならないこともわかってます。だから…
「貴女様は触れぬがよいもの、触れてはならぬものをよくご存知のお方。触れてはならぬものに触れた者がどうなるかもよくご存知でいらっしゃる。だからこそ、お頼りしたのです。お礼を申し上げます。パラケルススの娘 ― 今は、そうお呼びするのですね?」 「…
「……アレク?」 小さな、ごく小さな声で、ヘロディアがささやいた。 「何があった、アレク?あの雪と、氷と長い年月の下で」 「― 何も」 そう答えて、ヘロディアの細い身体のぬくもりを感じながら、数百年ぶりの陽光を浴びる氷原に目をあげる。生き残るため…
「ローマはイタリア軍の手に堕ち、教皇聖下はヴァティカンの囚人となっておられる。今こそ、聖杯を協会に取りもどし、再び新たな活力を正しき神の家に注ぎ込むべきだとのご判断なのだ。われわれは聖杯を守護するものとして、無為の三百年を過ごしてきた。今…
からだがあたたまってくるにつれ、血管に血がもどる苦痛が百万本の針のように手足をつきさした。身じろぎもせず、ゲルダはそれに耐えた。そんなものよりはるかに強い苦痛が、その魂をさいなんでいたのだ。 黄金色の野生の瞳は、炎を映して燃えていた。はげし…
「人々はどうするんだ?あんたがそんなことを信じるのは勝手だ。だけど、あんたに従う人々は、従って死ぬかもしれない人は」 ロナーは微笑した。晴れやかに、まさに自分の勝利を確信したもののように。 「語り手が、自分の物語を信じないでどうするというん…
「こんなつもりじゃなかった」 顔をそむけたまま、彼は声を押し殺して言った。 「待って、普賢」 オルガは普賢の前に立ちふさがり、せいいっぱい背伸びして、普賢の顔を自分に向かせた。 「答えて、普賢」 オルガの言葉は強かった。 「わたしはあなたに何も…
「はい。多華さま」 「おまえは『はい』しか言えないのか、ばか」 「いいえ。多華さま」 「では、なにかほかのことを言ってみろ。わたしの喜ぶようなことを。なにか。早く」 しばらく沈黙があった。 それから、囁くように睦月は応えた。 「……いずれ、その時…
「善きことは善きことに。悪しきことは善きことに」 そっと、アトリは口ずさんだ。 「物語はつねに、最良の結末を。あなたの未来の物語を語ってしんぜましょう」 「いったい何なんだ。それは」 ぼんやりしていたロナーが問いかける。 「占い師の口上よ。聞い…
魅惑のファンタジー第一巻 → 感想
シリーズ最高作かも → 感想
クリスティーナの元でシシィの世話役として働く遼太郎の前に二人の女性が現れた。 親同士が決めた婚約者である美弥子と義理の妹である和音が。 慌てふためく遼太郎の周りが一気に騒がしくなり……。 その頃、ロンドン塔の女主人の使いがクリスティーナの元を訪…
跡部家 - 古来より魔物退治を生業としている由緒正しき家系。 だが、跡継ぎである遼太郎にはその能力がまったくなかった。 周囲から蔑み。疎まれ。 やがて当主である祖母は遼太郎を「勉学のため」と称して異国の地へ送り届けた。 そこは19世紀のイギリス。交…